【おまけの10通目】人生はドラクエだ!

こんにちは。
平山真人です。

では今回も、ほんの少し

これまでお送りしてきた『あなたへの手紙』の

補足的内容をお届けいたします。

 

といっても、

補足内容に関しては、今日が最後です。

 

今日は、

●「心理学」
●「ストーリー」
●「人生」

(↑3つめ、ちょっと重いですが…。)

といったキーワードを軸に、

宇宙の謎にも迫ろうかというほどに、

深〜〜いお話をします。

 

でも、

楽しくお話ししますので、

どうか、

リラックスして読んでみてくださいね。

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「あなたが見ている世界」と「あの人が見ている世界」は、まったく違う。
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前回の最後では、

「過去」だって、「現実」だって、

数あるファンタジーの一つに過ぎないんだ

という話をしました。

 

これ、

もう少し噛み砕いて言うと、

 

たとえば、

ドラゴンクエストみたいなRPGがありますよね?

 

そこには、

 

この村人に話しかければ、こんなセリフを言ってくれる…

このモンスターはHPが何ポイントあって、どんな攻撃に弱くて、とか…、

地上はそのまま移動できるけど、海の部分は船に乗らないと移動できない…

とかいう風に、

 

その世界はすべて、

プログラマーの

“プログラム”によって、

フィールドが構築されているわけです。

 

でも、考えてみてください。

この世界(地球)だって、

ある種、

プログラムの世界です。

 

物は引力によって、地上に引っ張られますし、

海はなぜだかしょっぱくて、

虫や、鳥や獣、人間といった種族があって、

人の寿命は長くてもせいぜい100年程度…。

 

これらは、

「神様」というプログラマーによって作られた、

ある種、

プログラムの世界と言えませんか?

 

そして、

このような現実世界も、

さらに細かく分けると、

「心的現実」

と、

「物的現実」

と、いったものに分かれます。

 

(すみません、また難しい話で。)

 

要するに、

”あなた”が見ている現実と、

”あの人”が見ている現実は、

 

「物的現実」としては同じですが、

「心的現実」としてはまったく違うものなのです。

 

たとえば、どういうことかというと、

 

海で遊んだ楽しい思い出のある人にとっては、

海は、楽しいものですが、

 

海で遭難したことのある人にとっては、

海を思い出すだけで、気持ちが沈むことがあるでしょう。

 

人は、

「物的現実」に

それぞれ勝手に(自分なりに)意味を与えて、

 

それぞれの

「心的現実」

を生きているのです。

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人と接するということは、つまりは「農業」だ!
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人の数だけ「世界」があります。

いや、もっと言えば、

生き物の数だけ世界があります。

 

魚にとっての世界とは、

いつも自由に泳げる世界。

(もしくは「泳いでいる」つもりすらないのかも知れません。移動手段として歩くことを知らないのですから。)

 

また、

鳥にとっての世界は、

人間と違い、地上と空が同じように”移動空間”として認識されていることでしょう。

 

そして人間同士であっても

それぞれの

“世界の認識の仕方”は、それぞれが過ごしてきた

“過去”に大きく影響されており、

まったく違うのです。

 

人は、

人と関わり、生活する中で、

 

必ず、誰かに変えられて、

そして、

必ず、誰かを変えています。

 

…そんな有機的なつながりの中で、人はその一生を過ごすのです。

 

その

「人と人との境界線」

となっているものが、

この『あなたへの手紙』の中では何度も出てきている言葉、

「自己肯定」

というもの。

 

この自己肯定とは、いわば、

「自己愛」です。

 

よく言う

「自分をしっかり持ちなさい」と言う言葉、

あれは、

「自分を愛してあげなさい」

と、同じ意味です。

 

愛とは、

誰かから分けてもらえるものではありません。

 

愛とは、

他者から注がれることによって、

その人自身の中でムクムクと育ち、

大きくなっていくものです。

 

それはちょうど、

植物に陽の光と、水を与えるようなもの。

愛とは「自家発電」。

愛とは、ある種、「農業」のようなものです。

 

でもここで早とちりしないでくださいね、

誰からも愛情をもらわなかったから愛情が育たない、

ということはありません。

 

先ほども言いましたね、

人はそれぞれが作用し合っています。

(誰かに変えられ、誰かを変えています。)

 

自分から、

自分とは違う対象に愛を注ぐことで、

愛情とは得られるものです。

 

植物の種に毎日を水をあげれば、

いつかきれいな花を咲かせてくれるでしょう。

 

街中で人に親切にしてあげれば、

きっとその人は、ニコッと笑って「ありがとう」と返してくれます。

 

…さぁ、

ここからがいよいよ本題です。

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人生に意味はない!!そう断言できる理由。
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あなたは今、

こう考えていませんか?

 

「じゃあ分かった。

人それぞれが自分の世界を生き、

『自己肯定』と『自己愛』を持って、

しっかりと自分の人生を生きるために、

他者に愛情を注ぎながら、生きていけばいいのね…

 

でもさぁ、結局、

その、人生って、

つまりは何なの…???」

 

と。

 

中国の古典にこんな言葉が出てきます。

「庭前の柏樹子(ていぜんのはくじゅし)」。

(↑ある禅問答の答えの部分なのですが。)

これはどういう意味として出てくる言葉かというと、

 

庭先に生えているこの柏の木は、

何か目的があって、ここへやってきて

生えているのではなく、

ただ、そこに生えている…

ただ、あるがままに、そこにあるのだ…

 

という意味です。

 

ここから私なりの解釈を展開してきます。

 

すべての生き物にとって

「光」

とは、とても大事なものですよね?

(光を必要としない生き物だって、光を必要とする生き物を捕食して生きているはずです。)

 

すべての生き物は、

「光」に向かって生き、

一生を終えると、また、次の世代へと命を繋いでいきます。

 

死ぬ前、生きている間にも、

人間は、より“向上”しようとし、

経験を踏んだり、

知識を身に付けたりし、(自己愛を育み、)

またその愛情を、他者へ注いだりします。

 

これは、

植物が自分の幹を太くしたり、

美しく咲いて、虫や人間を喜ばせたりすることと

似ていると思いませんか?

 

そうです、

ハッキリ言います。

 

人生に意味はありません。

 

ただ、

向上し続ける気持ちを持ちながら、

自己愛を育み、

人の役に立ち、

人を喜ばせる…

 

それだけです。

 

それが人間としての、いや、生き物としての、

あるがままの姿なんです。

 

今、

あなたがどんな環境でどんな立場にいようとも、

まずはあなたから始めてみませんか?

 

幹を太くし、

美しく咲いて、

たくさんの人を喜ばせられるように、

 

「自己肯定」と

「自己愛」を育むための一歩を

今、踏み出しましょう。

 

今、あなたのそばで、

あなたが助けられる人はいませんか?

 

「暗い暗いと嘆くより、自ら光ってその闇照らせ」

 

という言葉もあります。

 

一歩踏み出しさえすれば、

 

…あなたから

この「世界」を変えることができるのです。

 

 

いかがでしょうか?

お読みいただき、ありがとうございました。

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2018.01.21

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