名作昔話『くぎスープ』から学ぶ、ツッコミ不在の笑いの作り方

名作昔話を掘り下げる、第8回目は、

スウェーデンの昔話

『くぎスープ』

をお送りします。

 

これは一応、ジャンルとしては笑い話なんですが、

この軽妙洒脱(けいみょうしゃだつ)な感じは、

ちょっと日本の昔話にはないですね…。

そんな”お国柄”も感じつつ、

深掘りしていきましょう。

Hirayama
このストーリー分析は、

物語創作に興味のある人や、

今、心のモヤモヤを抱えている人に、大きな示唆を与えるものとなっています。

それではスタート!

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今回ご紹介する話は…

↑この中に収録されています。



↑私による朗読です。(記事をお読みいただいた後に聴くほうがいいかも知れません。)

このストーリーのモチーフ(発想の原点)

食べられないものをいくら煮たって、ダシすら出ない。

でも、味って、目に見えないし、

食べられないものをグツグツ煮て、

「美味しいスープができましたよ」

なんて言ったら、騙される人がいるかも知れないよね。
”モチーフ”とは、もともと音楽用語で「最小旋律」を意味します。物語創作に置き換えると「こんな物語を作りたいなぁ」という”イメージ像”あるいは”きっかけ”のようなものです。
こんな思いつき(モチーフ)に、どうやって”肉付け”がなされ、

物語に仕立てられているか、

分析しながら見ていきましょう。

 

物語の『天・地・人』

では、基本設定を抑えていきましょう。

天(時代・世界設定)

スウェーデンの昔(あくまでも「昔話」なのでファンタジー要素は強い世界観です。)

地(物語のスタート地点)

人里離れた森

人(主人公および登場人物)

やどなし(今で言うホームレスのような男)と、おばあさん
物語を設計していく時にまず決めなくてはいけないのが、この3要素です。「天」に関していうと、昔話の場合は「昔話というジャンル」ですから、出だしの「むかしむかし〜」だけで感じ取ってもらえるという利便性があります。

あらすじ(物語のおおまかな設計図)

人里離れた森の中を、1人の宿なしが歩いていた。

一軒家を見つけると、おばあさんが出てきた。

しかしおかみさんはどうやら、やどなしを泊めたくないようだ。

それでも何とか

「床になら寝てもいい」と許可をもらったやどなしだったが、

どうしても食べ物が食べたい。

やどなしは「この釘でスープを作ります」とハッタリをかます。

でも「具があればもっと美味しくなる」と言って、

おばあさんに食材を持って来させ、

結局、2人でごうせいな夕食を食べることとなった。

それでもおばあさんは

「いいことを教えてくれて、ありがとう」と言って、

やどなしに感謝し、

最後まで、やどなしのインチキに気付かなかった…。
あらすじとは「どんな状況にあった誰が、何をして、最後どうなったか?」です。創作する場合には「モチーフ」+「天・地・人」の要素に加え、主人公の「移動」の様子をイメージするとまとめやすいでしょう。

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起承転結は?

森の中の一軒家の前で、やどなしおばあさんの出会い。

2人の思惑は噛み合わない。

やどなし:「泊めて欲しい」「食事をごちそうして欲しい」

おばあさん:「泊めたくない。食事も食べさせたくない」

…でもやどなしは何とか、おばあさんをなだめすかし、

家に入り、”床”に寝る許可を得ることができた。

承①

やどなしは、やっぱり食事をあきらめきれない。

でも、おばあさんはご馳走する気はないようだ。

そこでやどなしは、この家に食料があることを見抜いていて、ある作戦を実行する。

「このスープを作ってみせますよ」

「でも、ちょっと味が薄いようだ。オートミールさえあればなぁ…」

おばあさんは、釘でスープを作る方法を知れて嬉しい。

喜んでオートミールを持ってくる。

承②

やどなし:「まだここに、塩漬け肉とジャガイモがあれば…」

おばあさん、塩漬け肉とジャガイモを持ってくる。

やどなし:「まだここに、大麦とミルクがあれば…」

おばあさん、大麦とミルクを持ってくる。

やどなし:「さあ、できた!」

承③

やどなし:「まだここに、お酒とサンドイッチがあれば…」

おかみさんはもう、あらゆる食材をテーブルに並べ、

宴会状態となる。

宴会が終わり、やどなしがに寝ようとすると、

おばあさんはそれを制止し、ベッドで寝かせる。

翌朝、やどなしが帰ろうとすると、

おばあさんは、やどなしに金貨を一枚あげる。

「ありがとう、これからは釘でスープを作れるから、楽に暮らせるよ」
一般的な「起承転結」は、さらに細かく分けると「起」→「承①」→「承②」→「承③」→「転」→「結」となります。これは昔話以外のどんな長い物語にも当てはまります。主人公の「アクション(行動)」および「それによって動いた事実」に焦点を絞って振り分けます。

このストーリーのポイントは?

一応、上のように起承転結に分けてみましたが、

このような分け方をしないパターンもあると思います。

 

要は、

どこからどこまで「起」

どこからどこまでが「承」で、

どこからどこまでが「転」で、

という分け方に、厳密さはいらないんです。

 

大事なのは、

「起」で、物語がレールに乗って動き出したら、

そこから、

エピソードが転がり続けること。

そして、ちゃんと”目的地”に着くこと。

 

この物語で言うと、最終的に、

やどなしが、食事ときちんとした寝床にありつけた…

という、この”事実”にたどり着けばいいわけです。

 

一般的には、「起承転結」の「転」で、

それまで仕掛けていた仕掛けが炸裂する話が多いですが、

この話はちょっと変わっていて、

仕掛けは最初から暴露されています。

 

あとは、

どこでこのおばあさんがこのインチキに気付くか?

というところなんですが、

 

おばあさんは、最後まで気付かないし、

読者(聞き手)に対しても、

「釘でスープなんてできるわけないのにね?」

と同意を求めない、この、投げっぱなし感、スゴイです。

 

まるで、話し手と聞き手が、

”共犯者”になってしまうような、

…そんな連帯感を持たされてしまう、不思議な作りの物語です。

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このストーリーの伝えるメッセージは?

この話も、前回の『かしこすぎた大臣』のように、

特に、メッセージ性は感じられません。

 

ただ、おばあさんに対して、

「みんなでイタズラしちゃったね」

と、共犯意識を持ってしまうような感じです。

(この「みんな」とは、やどなしと、語り手と、聞き手の「みんな」です。)

 

…と、ここで話の矛先を変えてしまいますが、

 

要するにこの話、

漫才で言うところの、「ボケ」と「ツッコミ」、

その「ツッコミ」が完全に不在なんですね。

 

日本のお笑いでは、ツッコミがないことは考えられませんし、

このような形態の「昔話」もほとんどありません。

(日本の多くの昔話のスタイルだと、このやどなしのハッタリは最後にはバレそうです。バレても、相手に許されるかも知れませんが、いくら何でもここまで完全犯罪のパターンはないでしょう。)

 

実は、

世界には、日本のような「ツッコミ」そのものがないようです。

 

ただ、ツッコミがあれば、

笑いどころが分かりやすいですし、

そのぶん、みんなで一緒に

(連帯感を持って)笑うことができますよね。

 

ですが一方では、この物語の笑いのように、

ツッコミなしで、このような奇妙な連帯感を得ることもできるんですね。

(もちろんこれを日本人が読んでも笑えます。)

 

 

 

「笑い」って、ツッコミがあってもいいし

なくてもいい…。

 

 

日本人の「ツッコミ」は、

「なんとか笑わせたい!」

という気持ちのほとばしりのような気がしますね。

 

だから、大阪人はツッコミがうまかったりするんです。

Hirayama
というわけで、

最後、話がかなり脱線してしまいましたが、

かなり変則的な作りの大変面白い話『くぎスープ』でした。

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