名作昔話『猿のひとりごと』に隠された”夫婦関係”の投影

「名作昔話を掘り下げる」コーナー、記念すべき第1回目は、

私の大好きな昔話

猿のひとりごと』

をお送りします。

Hirayama
この独特、かつシンプルなストーリー分析は、

物語創作に興味のある人にとって役立つほか、

今、心のモヤモヤを抱えている人に、大きな示唆を与えるものです。

それではスタート!

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今回ご紹介する話は…

↑この中に収録されています。



↑私による朗読です。(記事をお読みいただいた後に聴くほうがいいかも知れません。)

このストーリーのモチーフ(発想の原点)

ある人(主人公)が、一人で楽しく生きていたのですが、

思わぬところでパートナーを得ます。

主人公は、深く考えずにそれを拒否してしまいます。

ですが、あとになってそれを後悔します…。
”モチーフ”とは、もともと音楽用語で「最小旋律」を意味します。物語創作に置き換えると「こんな物語を作りたいなぁ」という”イメージ像”あるいは”きっかけ”のようなものです。

天・地・人

「日本のむかし」・「山の中」・「一匹の猿」

「天」=時代や世界観設定、「地」=場所、「人」=主人公のこと。これら「天・地・人」が揃って初めて、物語はスタート地点に立ちます。

あらすじ(物語のおおまかな設計図)

一匹の猿が、ある時、海を見たくなって、出かけます。

この猿は海を見たことがなかったのです。

猿が初めて海を目にし、一人、悦に入っているときに、

一匹の蟹が「そうだなぁ」と、うなずいて(共感して)くれます。

猿はそれを叩き潰します。

ですが、共感してくれる存在がいなくなったことに寂しさを覚え、

潰れた蟹を団子にすると…

また、蟹の声が聞こえてきました。

猿はうれしくなって、

「また頼むよ」と言って帰っていきます。
あらすじとは「いつ、どんな状況にあった誰が、何をして、最後どうなったか?」です。創作する場合には「モチーフ」+「天・地・人」の要素、さらにそこに、主人公の「移動」の様子をイメージするとまとめやすいでしょう。

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起承転結は?

が海を初めて見て、

ひとりごとを言うと、誰かが反応します。

それは一匹の蟹でした。

猿をそれを潰します。

返事がなくなったことに寂しくなった猿は、

潰れた蟹を団子にします。

蟹の団子が、ひとりごとに反応してくれました。

猿は喜びます。
「起承転結」は、さらに細かく分けると「起」→「承①」→「承②」→「承③」→「転」→「結」となります。これはどんな長い物語にも当てはまります。

このストーリーのポイントは?

ストーリーにおいて、最も大切なのは、

”テンポ”です。

これはストーリーが短ければ短いほど大事になってきます。

『猿のひとりごと』では、

猿が5回独り言を言います。

●1回目で、猿は、何者かに気付き、

●2回目で、蟹の存在に気付き、蟹を潰します。

●3回目は、誰も返事をしません。

●4回目も、やはり返事がありません。

●5回目で、蟹の団子から返事があり、猿は喜びます。

猿が潰れた蟹を団子にするのは、

4回目の後。

 

1回目で、蟹の声を聞いたとき、

猿の感情はほとんど見えません。

 

しかし2回目を聞いた時に、猿は、

「なんだい、おらがいい気持ちで言うとることに勝手に返事したりしてえ」

と、潰します。

正直、ここでも、猿の感情はあまり見えません。

感情の高まりが描かれていないからです。

(そこをクローズアップしないのが、昔話の特徴でもあるのですが。)

 

3回目、4回目で、

猿の感情は明らかに高まっていきます。

ですから実に、

全5回のうち、2回も使って、

猿の感情の高まりを表現しているのです。

 

それが、5回目の

ホッとした感じ、

つまり、

「物語がここで弾けるような感じ」に繋がっていくのです。

 

ポンッと始まって、(起)

ポンッとある出来事が起こる…。(承→転)

それによって、

感情が高まって…

ポンッと弾ける感じですね。(結)

 

読者(聞き手)も、

3回目と4回目の間にグーッと

「最後どうなるのかなぁ?」

という風に集中度を増していくのですね。

 

本当に、無駄がなくて、良くできているストーリーです。

(昔話はどれもそうですが。)

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このストーリーの伝えるメッセージは?

人は、本質的には、

みんな一人です。

 

悲しみを乗り越えるのは一人でできるかも知れませんが、

喜びを増幅するには、

誰かの共感が必要だったりします。

 

私は、個人的には、この猿と蟹の関係に

”夫婦関係”の投影を見ます。

 

いる時にはありがたみを感じなくても、

いざ、いなくなると、寂しくなる…。

 

馬鹿らしいことのようですが、

これが、人の世の真実だと思うんです。

 

邪魔くさいようなものでも、

実は、それによって、心が潤っている…ということがあります。

(何より、最初の最初は、どちらも一人だったというのもポイントですね。)

 

日本の現実に目を移すと、高齢化社会になり、老人がもっともっと増えていきます。

ケンカばかりしている老夫婦もたくさんいらっしゃると思います。

(私の両親などもそうです。)

でもお互いが元気でないと、ケンカもできないのです。

 

相手がいる時にしか、感情は起こらないのです。

たとえ、怒りであっても。

 

人生がいつか終わるなら、

怒りでさえも、

その人が生きた証になります。

 

感謝するなら、生きている時に、会える時に、すべきです。

言葉で、伝えるべきです。

 

この『猿のひとりごと』では、

昔話独特の奇妙なファンタジー感覚で、

”死んだはずの蟹”から返事が聞こえます。

 

当然、現実にはそんなことあり得ません。

 

ですが、

これを聞く、聞き手の心は、これによりどれだけ救われるか…。

 

そんな

 

”優しさの塊”

 

のような、このストーリーが私は大好きです。

 

人は愚かだけど、気づくことができる。

反省すれば、前に進むことができる。

その罪も許されることがある。誰もそれをとがめない。

そして、また世界は続いていく…

 

でも、

できれば、

相手が健康なうちに、

近くにいるうちに、

「ありがたい存在である」

ということに、気付きたいですね。

 

Hirayama

…というわけで、

名作昔話を掘り下げる、第1回目『猿のひとりごと』でした。

何らかのお役に立てば幸いです。


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2017.10.24

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