なぜ失恋は時間が解決するのか?「第三者視点」の重要性

私が当サイトを介して提供している

「ストーリーカウンセリング」

というサービスは、

私が以前仕事で書いていた、
新聞連載の企業紹介コラムの

「個人版」

といえるものです。

 

これは

相談者の現況が、
いかにしてそうなったか、

また、

持っている悩みや迷いが
どのようなところから(どのような経緯から)生まれたかを、

「第三者視点」

で捉え、ショート原稿にまとめたものです。

 

今回はこの

「第三者視点の重要性」

についてと、

もう一つ、

このサイトならではと言える

「人が物語に触れる視点」


についてお話ししていきます。

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なぜ、失恋は時間が解決するのか?

どうしていきなり
「恋」の話になるのか、
不思議に思った方も多いかも知れませんが、

実はこれこそ
「第三者視点」を説明するのに
非常にいい例なのです。

 

失恋はつらいもの。

でも人はかんたんにいいます。理屈も知らずに。

「なあに、時間が解決してくれるさ」

と。

 

慰めの言葉としてはよくある言葉なので、
人はいちいちこの言葉に立ち止まりませんが、

ここで

いったいなぜ時間が解決してくれるのか?

その「理屈」を考えていきましょう。

 

まず第一に、

人の目の前にはやるべきことがたくさんありますので、

それに夢中になっているうちに、
その痛みを感じることを忘れてしまいます。

たとえば、

蚊に刺されて足がかゆかったところに、
いきなりオデコを蜂に刺された…

足のかゆさは忘れてしまいますね。(笑)

 

また、たとえば、

恋人に振られて
悔しくて悲しくてしょうがないところに、

好きなアーティストのライブに出かけたら、
ケロッと立ち直ってしまった…

こういう経験を持つ人は
意外と多いのではないでしょうか?

 

つまり、

頭の中をかけめぐる考え事には、
許容量があるということ。


だから、

悲しい時には、
そこに”別のこと”を入れて

悲しみの感情を追い出してしまえばいいのです。

ただ、それも、
時間があってこそできること。

…これが、
まず一つ目の理屈ですね。

 

でも、
私がより重視したいのは、
次に紹介する理屈。

それはズバリ、

時間が経てば、
冷静になれるということ。

 

感情とは、
いつも下り坂です。

怒っているときは、
怒れば怒るほど勢いがついて
もっと怒りたくなる。

悲しいときは、
悲しめば悲しむほど勢いがついて、
もっと悲しくなる。

これはある程度、
人間の生理現象なので仕方ありません。

人間には、そもそも

「ドラマチックな人生を送りたい」

という願望があるのです。

「感情の大きな振れ幅を自ら生み出すことで、満足感を得たい」

という気持ちが、
どんな人にも少なからずあります。

 

しかし、
感情的になることは
それ自体でエネルギーを消費します。

泣きたいときは泣くのもいいでしょう。

ただ、エネルギーには限りがありますから、
どうしたって、
少しずつ落ち着いていくわけです。

 

ですから、
失恋で落ち込んで、
その感情の下り坂が
少しでもゆるやかになってきたら、

チャンスと思ってください。

冷静になるチャンスです。

そもそも
自分は相手のことが本当に好きだったのか?

相手は、本当に自分にふさわしい相手だったのか?

と。

 

冷静になること、

それはすなわち、

視点を引いてみること。

 

当事者意識ではなく、

”第三者”に近い視点から物事を考えてみること…

 

これこそ、私が重要視する
「第三者視点」というものです。

 

感情の下り坂の真っ只中にいる時には、
冷静になれません。

ですが、

時間が経過し、
ふと冷静になれた時に初めて、

新しい突破口(考え方)が
見えてくるものなのです。

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黒澤明の名言

映画監督の巨匠である

かの黒澤明氏は、

こんな言葉を残しています。

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「何をしていいか分からないときは、とにかくできることをやればいい。時間が経てば、客観的に、冷静に物事が見えてくる。そうすれば今自分が何をなすべきか分かってくる。大事なのは、臆病にならないことだ」

今すぐに問題の解決方法が分からなくてもいいのです。

時間が経てば、冷静になり、

その上で見えてくるものがある、ということです。

 

悔しいから、悲しいからといって、
ただその感情に振り回されるだけで、
前へ進むことから逃げてしまってはいけません。

これには、

「迷わず行けよ、行けば分かるさ」

という、アノ言葉とも通ずるところがありますね…。

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ちなみにこの言葉、アントニオ猪木氏は、とんちで有名な一休宗純の言葉であると語っていますが、その根拠となる資料はないそうです。良寛の言葉であるという説、また清沢哲夫氏の詩の改変であるなどと、様々な説があります。


 

少し脱線してしまいましたが、
話を元に戻しましょう。

「第三者視点」に関連して、
最後に

「”物語”に触れる視点」

について説明していきます。

 

人が物語に触れるときには、

「読む方法」「聞く方法」があります。

(テレビや映画は、
ここでは「聞く方法」に入れておきます。)

 

読むというのは、

ただ「知ること」
に過ぎませんが、

聞くことは、

「体験そのもの」
といえます。

 

人はあらゆる場面で、
人の話を聞きます。

その際、

話し手は、
身の回りに起こったことを整理し、
順序立ててわかりやすく話そうとします。

するとこの時、

話は当事者のもとを離れ、
一つの「物語」となるのです。

つまり、

第三者にでも分かるよう整理された時に
初めて、
単なる話は「物語」になるのです…

 

悩みや迷いから抜け出せない時、
大事なのは、

それでも立ち止まらずに
行動をし続けること

そして、

時間が経ってこそ得られる
冷静さや、第三者視点。

さらには、

人に話したり、
悩みや現況を書き出してみることによって、
「ストーリー化」してみること。


です。

 

そこに浮かび上がるのは、
あなただけの物語。

 

自分の人生を
”ストーリー”として認識してみると、

常に冷静でいられ、
のびのびと豊かな毎日を送ることができます。

 

たとえどんな人生であっても、

それは、

誰にも恥じることのない、
あなたの

生きた証なのですから。

 

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